私が幼少を過ごした90年代は世紀末が近づき、世間は暗い話題に満ち溢れていました。
テレビをつければ知らない国で戦争が繰り広げられ、ベルリンの壁が崩壊しただの、
アメリカとロシアが冷戦をしているだの、ノストラダムスの終末論が流れ、
冝保愛子がアンネ・フランクの霊と通信したり、とにかくそれまでのバブルが嘘のように暗い風潮が漂っていました。
ウルトラマンも仮面ライダーも終わり、テレビからすらヒーローが消えてしまったこの時代、
私は同年代の中学生が起こした狂気的な殺人事件や
近所のコンビニで店長と客が話していた東京の地下鉄で起きた大規模テロ事件の話を耳にしながら、
江戸川乱歩や夢野久作の小説を読んで過ごしていました。
しかしそれらの事件はすべてどこか遠い場所での出来事で、自分の暮らしとは関係ない平穏なものだと思っていました。
そして地元を離れて17年、いまこうして仕事に忙殺された毎日を過ごしていると、ふと幼い日のことを思い出します。
それはある夏の日、兄とふたりで近所のコンビニまで歩いているときのことでした。
両側を田んぼと薄暗い学生寮と寺院に挟まれたその長い道を歩いていると、向こうから大柄な男がやって来ました。
蝉の鳴き声が響き渡る中、その姿はアスファルトに照り付けられた陽炎でゆらゆらと揺れていました。
よく見ると、夏の暑い日にも関わらず厚手のコートを着込み、異様に大柄で体格の良い男だと気がつきました。
そして、だんだんとその男が近づいて来たとき、私と兄はあることに気がつきました。
男は、首から上がなかったのです。
それに気がついた瞬間、私と兄はそれまで楽しく話をしていたことを忘れ一気に恐怖心が湧きました。
普段ならまばらに人が通るその道が、その日に限って誰もいません。
引き返すこともできず、身を寄せながらふたりで歩いているとその男の姿はどんどん大きくなっていきます。
幸い道幅が広かったので、私たちはなるべく端を歩き男が通り去るのを待ちました。
私と兄は震えて声も出ませんでした。
ゆっくりと歩くその男がすぐ目の前に来たとき、私たちは恐る恐るその顔を見ました。
男の首から上は黒い霧みたくもやが掛かっていました。
ブラックホールのように、吸い込まれそうなほどの黒。
そして、その何もないはずの顔が私たちの方を見たような、何とも言えない視線を感じました。
その瞬間、私と兄は恐ろしさのあまり走り出しました。
後ろを振り返らず、ただひたすらに走りました。
長い長い道の先、コンビニにたどり着いたときは夏の暑さと恐怖で汗をびっしょりと掻いていました。
そして後ろを振り返ると、そこには誰もいませんでした。
それ以来、私と兄はこの長い道を『病院坂の首縊りの家』ならぬ、
『コンビニ前の首無し通り』と呼びしばらく近寄りませんでした。
たまにふと、このひと夏の奇妙な出来事を私は思い出します。
多分、子どもの頃にしか経験できない、子どもにしか見えない何かがあるのだと思います。
なぜ、大人になったいま、このこと思い出すのかといいますと、
映像制作という仕事は自分の人生で起きたすべての出来事が経験となり、糧となり、作品となるからです。
無駄なことは何一つない、いわば生きていることが仕事なのです。
それはとても素敵なことだと、私は誇りに思います。